2026.02.19ブログ:Yoshiizumiの部屋
義を見てせざるは勇無きなり――孔子が説く「本当の勇気」
「義を見てせざるは勇無きなり」――この孔子の言葉には、現代にも通じる鋭い問いが込められています。
正しいとわかっていながら行動しない、それは単なる慎重さや様子見ではなく、「勇気がない」のだと孔子は喝破します。
見て見ぬふりをしてしまうこと。声を上げるべき時に沈黙してしまうこと。
私たちは日常の中で、数え切れないほどの「小さな義」に直面しています。
そのとき、どう応えるかが“人としての筋”を決めていくのです。
「義」とは何か――損得を超えた価値基準
義(ぎ)とは、正しさ・筋道・道義的な判断のことです。
法律でもルールでもなく、自分の中にある「これは正しい」「これは曲げたくない」という感覚に根ざすもの。
しかし現代では、義よりも「効率」や「損得」で判断される場面が多くなりました。
誰かが困っているとわかっていても、「自分が損をするかも」「関わりたくない」と躊躇する。
だからこそ、今あらためて問う必要があります。あなたの中の“義”は、生きていますか?
小さな勇気が信頼をつくる
義に従って行動することは、決して大げさなことではありません。
職場で、家庭で、友人関係の中で、さりげなく声をかける。困っている人に手を差し伸べる。おかしいと思ったことにノーを言う。
これらはすべて、日常の中の「義を見て、行動する」実践です。
その一歩が、あなた自身の信頼をつくり、人とのつながりを深めていきます。
そして、その積み重ねこそが、人生全体の“重み”を形づくっていくのです。
「静かな正義」が社会を変える
大声で何かを主張することだけが「義」ではありません。静かに、しかし確かに正しい行いを貫くこと。
それがもっとも強く、深く周囲に影響を与えます。
派手さや注目を求めずとも、正しいことを選ぶ。評価されなくても、人としての筋を通す。
その「静かな正義」にこそ、本当の勇気が宿るのです。
孔子は、知識や教養だけではなく、行動の伴う“徳”を重んじました。
義を見て、実際に動ける人。それが真のリーダーであり、大人の在り方なのです。
自分の中の“義”に従う生き方
「どう見られるか」「損をしないか」を気にしている限り、自分の“義”に従うのは難しくなります。
しかし、自分の価値観に正直に生きることほど、心を自由にするものはありません。
誰かの目ではなく、自分の眼で判断する。少数派でも、黙って従うのではなく、静かに反対の姿勢を示す。
そうした行動の中に、真の勇気と気高さが育っていきます。
まとめ
「義を見てせざるは勇無きなり」――この言葉は、私たちが日々直面する「小さな正しさ」に光を当てます。
正しいとわかっていながら、行動しないこと。それは勇気が足りないだけ。
だからこそ、私たちは勇気を持って、たとえ小さなことであっても、自分の“義”に応えていく生き方を選びたい。
その積み重ねが、自分をつくり、周囲を動かし、社会を少しずつ良くしていくのです。
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