2026.02.18ブログ:Yoshiizumiの部屋
それでも人生にイエスと言う――フランクルが教える、生きる意味
ヴィクトール・フランクルは、極限状態の中でも人は人生に“イエス”と言えると説きました。
ナチスの強制収容所という、人間の尊厳がことごとく剥ぎ取られる地獄のような場所でも、
人が生きる意味を見出せるというこの思想は、現代にも深く突き刺さります。
「それでも」とは、状況に抗う言葉です。順調なときに前向きでいるのは容易です。
大切なのは、失ったとき、苦しいとき、絶望の中でも、なお「それでも人生にイエスと言う」と言えるかどうか。
意味が見つからない瞬間にこそ、意味がある
私たちは「意味」を求めて生きています。自分の存在の意味、仕事の意味、痛みの意味……。
しかし、ときに人生は何の意味も見いだせないような出来事を投げつけてきます。
失敗、病気、離別、喪失。こうした“理不尽”に直面したとき、「なぜ自分が」「こんなはずじゃなかった」と思うのは当然です。
でも、そのときにフランクルは問います。
「この状況の中で、自分はどう応答するのか?」
人生の意味は、与えられるものではなく、問いに対する“自分の応答”の中に生まれる。
意味が見つからないように思える瞬間こそ、私たちが意味をつくり出すチャンスなのです。
どんな状況でも、選べるものがある
フランクルはこうも言います。
「すべてを奪われた後でも、私たちには“態度”を選ぶ自由がある」
これは、外的な自由を失った中でこそ浮かび上がる、内面的な自由です。
どんなにつらい状況でも、自分の姿勢や態度、考え方、応答の仕方を選ぶ自由だけは、誰にも奪えない。
この“最後の自由”を武器にできる人は、どんな環境にも押しつぶされることなく、生き抜く力を発揮できます。
「今ここ」を意味に変える生き方
未来に希望が持てない。過去を悔やんでもどうにもならない。そんなとき、大切なのは「今ここ」です。
目の前にいる人に何を与えるか。いま取り組んでいる仕事にどんな姿勢で向き合うか。
感情や痛みをどのように引き受けるか。それらすべてが、“生きる意味”になり得ます。
意味は、どこか遠くにある目的やゴールではなく、日々の選択と行動の中に宿るのです。
苦しみに意味を与えるという革命
「なぜ苦しまなければならないのか」と考えると、苦しみは私たちを無力にします。
しかし、「この苦しみをどう生きるか」と考えると、苦しみは“意味ある経験”に変わります。
実際、フランクルは多くの死に直面しながら、「この体験に意味を与えるのは自分自身だ」と語り続けました。
誰かの支えになりたい。残された時間を大切にしたい。
次の世代に希望をつなげたい。そうした思いが、苦しみを越える力を生み出します。
まとめ
「それでも人生にイエスと言う」。この言葉は、単なるポジティブ思考ではありません。
それは、“状況に左右されずに人生を肯定する姿勢”であり、“意味を生み出す力を信じる覚悟”です。
人生に裏切られたと感じる日もあるでしょう。それでも、あなたは問いに応じることができる。
態度を選ぶことができる。小さな一歩を踏み出すことができる。
そして、その一歩が、やがてあなた自身の人生を再び照らし始めるのです。
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