2026.01.30ブログ:Yoshiizumiの部屋
結局人のこと言って、自分でもやってんじゃん
「あの人ってほんと自己中心的だよね」
「恩を仇で返すなんて信じられない」
──そんなふうに他人を評している自分が、ふとした瞬間に、まったく同じようなことをしている。
そんな経験はないでしょうか。
私たちは他人の欠点には鋭敏で、指摘する言葉も容易に出てきます。
しかし、自分の行動や言動が同じ構造を持っているときには、なかなか気づけません。
むしろ、「自分は違う」と思い込みたくなる心理が、無自覚な“ブーメラン”を生むのです。

見えているのは他人の欠点、見えていないのは自分の姿
人は、自分の視点からしか世界を見られません。
だからこそ、自分の行動に対しては甘くなりがちです。
正当な理由があるように思えたり、状況のせいにしたり、自分を守るための言い訳を自然と用意してしまうものです。
一方、他人の行動には距離がある分、客観的に見える。だから、批判しやすくなる。
そしてそこに、自分の中にある未解決な課題や弱さを重ねてしまうこともあります。
これは「投影」と呼ばれる心理的現象です。
他人を通して、自分の見たくない部分が映し出されている。
そのことに気づかないままだと、延々と「他人への不満→自己正当化→無自覚な同調行動」のループにはまってしまいます。
自分を知ることは、他人を知ることより難しい
人は、自分の内面を“見えない鏡”のように扱います。
鏡のない場所では、髪が乱れていても気づけないのと同じで、
自分の態度や言動がどのように映っているかは、想像力と内省なしにはわかりません。
「自分も同じことしてないか?」という問いを、時々でも自分に向けてみること。
その一つひとつが、自分の中の“見えない乱れ”を整えていくプロセスなのだと思います。
優しさと厳しさのバランスで見る
他人を正すように、自分をも正してみる。
自分に甘くなってしまう瞬間にも、「今、自分は誰かに向けた言葉を、
自分自身にも当てはめられるだろうか」と立ち止まってみる。
けれど、それは決して自分を責めることではありません。
自分を戒めるときにも、少しの優しさを。批判ではなく、整える意識で。
そうすれば、私たちは少しずつ「ズレ」に気づき、言動の軌道修正ができるようになります。
まとめ
「人のことばかり言って、自分も同じようなことしてるじゃないか」
──この苦い気づきは、成長のチャンスでもあります。
他人の行動にモヤモヤしたら、それは自分を映す鏡かもしれません。
そこで立ち止まり、振り返り、少しでも誠実な自分に近づくこと。
それが、言葉と行動の重みを整えていく、静かな力になります。
最後に。
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