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2026.01.21ブログ:Yoshiizumiの部屋

最後まで聴く

人の話を最後まで聴く。たったそれだけのことが、想像以上に難しい。

多くの人が「聞く」ことはできているが、「聴く」ことができていない。
耳に入ってきた言葉を受け取るのではなく、その人の感情・背景・意図までも含めて“受け止める”行為が、いかに貴重であるか。

人の話を遮る癖がある人、話しながら次の発言を考えてしまう人。
無意識に相手の言葉の途中で「自分の考え」や「意見の正しさ」を挟みたくなる。
それは、自分が正しいと思っているからなのか、それとも、沈黙が怖いからなのか。

聴くことは、支配を手放すこと

「最後まで聴く」には、自分の“主導権”を一時的に手放す覚悟が要る。

自分の正しさ、自分のペース、自分の論理を横に置き、目の前の相手の流れに一度ゆだねる。そこにあるのは受容と信頼だ。

ときに、聴くという行為は、相手にとって“自分を語る許可”を与えることにもつながる。
その空白と沈黙を埋めたくなる気持ちを押さえ、相手の息づかいや、
言葉の裏側にある本音に意識を向けることができたとき、人間関係は静かに変わり始める。

結論を急がず、プロセスに寄り添う

特にビジネスや介護の現場では、「早く結論を出すこと」「問題を見つけて解決すること」が求められがちだ。
しかし、すべての相談や訴えが“答え”を必要としているとは限らない。

人は、ときにただ「聴いてもらいたい」だけのときもある。その奥にある思いや、言葉にならない叫びに気づけるかどうか。

そこには、合理性では測れない価値がある。

聴ききる人は、信頼を得る

本当に信頼されている人は、例外なく「聴く人」だ。

自分の意見を声高に主張せずとも、人の話に耳を傾け、時にうなずき、問いを返し、相手の話が終わるのを待つ。
そんな人のまわりには、自然と本音を語る人が集まる。

「この人になら話してもいい」と思わせる空気。それは技術ではなく、姿勢の問題である。

経験が教えてくれる“聴く力”

私自身も、若い頃は「聴く」ことより「話す」ことで信頼を得ようとしていた。

けれど、介護現場や日々の会話のなかで、「話してもらえるありがたさ」に気づく瞬間があった。
ああ、この人は今、何かを伝えたいのだ、と。

特別な言葉はいらない。ただ、黙ってその言葉を受け止める準備ができているかどうか。

まとめ

「最後まで聴く」という行為は、もっともシンプルで、もっとも深い人間理解の形かもしれない。

遮らず、焦らず、結論を急がず。ただ、その人の言葉に最後まで付き合うこと。そこからしか見えてこない風景がある。

静かに、深く、耳を澄ませていこう。

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