2025.06.20ブログ:Yoshiizumiの部屋
「てんてこまい」の日々に、心を失くさないために。
忙しさが麻痺するとき、何が失われていくのか
「てんてこまい」という言葉が、まるであいさつのようになっている日々。
「あれもやらなきゃ」「これもまだ終わってない」。 気づけば、今日も予定表は真っ黒。
いつからか、“こなす”ことに必死で、 “味わう”ことを忘れていたような気がする。
誰かに急かされているわけじゃないのに、 いつも背中を押されているような焦燥感。
──そんな日々を過ごしていると、自分が何をしているのか、 なぜそれをしているのかさえ、見失ってしまうことがあります。
でも、そんな中でもふとした瞬間に思う。 「誰のためにやってるんだっけ?」 「これ、本当に自分が望んでいた毎日だろうか?」
この“問い”こそが、自分自身を取り戻す入り口になるのです。
「やること」よりも、「やってる自分」を見失わない
忙しいときこそ、自分に問いかけたい。
「今、自分はなにを大事にしてるんだっけ?」
作業を片付けることが目的になっていないか。 誰かの期待を満たすことが目標になっていないか。
“てんてこまい”という状態は、 意識を外に向けすぎているサインかもしれない。
そんなときは、いったん深呼吸して、 「いまの私、大丈夫か?」って問いかけるだけでも、 少し落ち着くことがある。
そして、紙に書いてみる。「私が今日したこと」を。 箇条書きでもいい。 誰にも見せないから、正直に。
すると、「なんだ、自分、けっこうがんばってるじゃん」って気づく日もある。
誰も気づいていない「てんてこまい」の成果
おもしろいことに、 てんてこまいになっているときの自分って、 けっこう良い仕事をしていたりする。
でもその良さって、自分では見えにくい。 余裕がないから、達成感よりも「まだ足りない」が勝ってしまう。
他人からの「ありがとう」や「助かったよ」が、 その価値を教えてくれることもあるけれど、
できれば、自分でも気づけるようになりたい。
「てんてこまいだったけど、よくやったよな、自分」 って、認めてあげる瞬間。
それだけで、次の“てんてこ”にも耐えられる気がする。
そして、誰かのためにやったことが、 実は自分を救っていた、なんてこともあるんです。
余裕がなくても、やさしさを忘れないために
心に余裕がなくなると、 周囲の言葉がトゲに感じたり、 ちょっとした頼まれごとにイライラしたり。
てんてこまいの正体は、 「誰にも助けを求められない不安」なのかもしれない。
だからこそ、自分の忙しさに気づいてもらえることが救いになる。
そして、逆に誰かの「てんてこまい」にも、 ちょっとだけ目を向けられるようでいたい。
「なんか大変そうだね、大丈夫?」 そんなひとことが、救いになることもあるんだと知っているから。
手のひらを差し出すのではなく、 心を差し出すようにして、そっと声をかける。
それだけで、誰かの「今日」が少し変わるかもしれない。
「忙しい=満たされている」とは限らない
働き者ほど、満たされていない。 そう思うことがある。
やってもやっても、達成感が残らない。
自分の時間をどんどん削っても、 「これで合ってるのかな」と不安だけが積もっていく。
そんなときは、目に見えない“こころの通帳”を見返してみるといい。
そこには── 「ありがとう」が1件、 「助かったよ」が2件、 「気にかけてくれてたんだね」が3件。
きっと、あなたが気づいていないだけで、 その通帳にはいくつもの“あたたかい記録”が残っている。
まとめ:
てんてこまいの毎日でも、 心を亡くさないようにするには──
- 自分に問いかける習慣を持つこと
- できたことにちゃんと気づくこと
- 忙しさの中でも、誰かを気にかける余白を持つこと
そして、 そんな自分をちょっと誇ってもいいと思うんです。
“忙しいけど、不機嫌じゃない”って、 実はすごくかっこいいことだから。
🌱 てんてこまいの日々にも、自分を見失わないように。
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