2025.12.19ブログ:Yoshiizumiの部屋
『がんばるは、我をはる』
がんばる、という言葉の重さ
「がんばってね」と言われると、なぜか胸が少しザワつくときがあります。
応援の言葉なのに、なぜかプレッシャーに感じることも。
それはきっと、私たちが「がんばる=無理をする」「がんばる=期待に応える」と、
いつの間にか思い込んできたからかもしれません。
がんばること自体は素晴らしい。だけど、それが“我を張る”ことになっていないか、 ときどき立ち止まって、自分に問い直してみる必要があります。
「我を張る」が生むひずみ
「私は大丈夫」「私がやらなきゃ」 そんな気持ちで突っ走ってしまうと、周りに助けを求めるタイミングを失います。
本当はしんどいのに、笑ってごまかす。 疲れているのに「まだいける」と自分に言い聞かせる。
それはがんばりではなく、自分を犠牲にする習慣かもしれません。
そしてその根には、「迷惑をかけてはいけない」「弱音を見せたらダメ」 という“思い込みの壁”が立ちはだかっているのです。
「がんばらない勇気」を持つ
がんばることを一旦手放すことは、サボることではありません。 むしろ、自分のエネルギーを守るために必要な“調整”です。
深呼吸をして、「今、本当に自分がやりたいことは何か」 「今、心と体はどう感じているのか」を見つめ直してみる。
誰かの期待に応えようとしていないか。 “やらなきゃ”に支配されていないか。
そういう問いかけを持つだけでも、 がんばる方向性が変わり、自分に優しくなれます。
がんばるの再定義
本来の「がんばる」は、“我を張る”ではなく、 「心を込めて取り組むこと」だったはずです。
小さなことに丁寧に向き合う。 誰かの一言に耳を傾ける。 今日を生きることに集中する。
それだって、立派ながんばりです。 大きな目標や成果だけが“がんばる”の証ではありません。
がんばる人に、そっと寄り添う
誰かががんばっているとき、その姿に感動することもあります。
でも、同時に「無理していないかな」と、静かに気づける人でありたい。
がんばる人に必要なのは、 「もっとがんばれ」ではなく、「もう十分がんばってるよ」の一言かもしれません。
そして、あなた自身がその言葉を自分にかけてあげてください。
まとめ
「がんばる」は、ときに「我を張る」になってしまいます。
無理をして自分を失うのではなく、“心を込める”こととしてのがんばりを再定義してみましょう。
がんばらない日があってもいい。立ち止まっても、休んでもいい。 あなたのペースで歩いていくことが、何よりの“本物のがんばり”です。
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