2025.12.18ブログ:Yoshiizumiの部屋
『不安の正体と向き合う時間』
心がざわつく時、不安は静かに忍び寄ってきます。
しかもその多くは、具体的な原因が見えにくく、霧のように私たちの足元をぼやかします。
けれども、この“ぼやけたもの”にこそ、向き合う価値があります。
不安は悪ではない
不安があるということは、それだけ「大切にしたいもの」がある証拠でもあります。
健康、家族、仕事、人間関係、未来——
私たちは守りたいものがあるからこそ、 それを失うかもしれない未来を想像し、怖くなるのです。
つまり不安とは、「心のセンサー」。 大切な何かに対して、意識が向いている状態なのです。
かつて私が介護施設で働いていた頃、とあるご利用者が毎日同じ質問を繰り返していました。
「私の息子は、今日は来るのかい?」と。
その度に「今日は来られないみたいですよ」と答えると、彼女は少しだけ寂しそうに頷きました。
この“寂しさ”こそが、不安の根であり、愛情の証でもあったのです。
不安は放っておかない
問題は、不安を“見て見ぬふり”したとき。
体の痛みを無視すれば症状が悪化するように、 心の不安も放置すれば、やがて思考や行動まで曇らせてしまいます。
だからこそ、言葉にしてみる。 「今、自分は○○が心配なんだな」と、 ノートに書いてもいいし、誰かに話してみてもいい。
すると、ぼやけていた不安が、輪郭を持ちはじめます。
先日、知人が「仕事がうまくいかない」と呟いていました。
詳しく聞くと、実は“上司にどう思われているか”が気になって仕方ないという話。
そこに気づけたことで、自分から一歩話しかけてみる勇気を持てたそうです。
不安を言葉にすることの力を、私もあらためて感じました。
解決できる不安と、そうでない不安
書き出された不安を眺めてみると、
「自分にできることがある不安」と 「自分ではどうしようもない不安」が見えてきます。
前者には、小さな行動をひとつ。電話1本、タスク1つ。
後者には、受け入れと手放しの練習を。 “委ねる勇気”は、大人の成長に欠かせない力です。
たとえば、天候や社会情勢、他人の感情—— 自分では変えられないことに悩みすぎたときは、
「これは私の手に負えない」と静かに認める。 その上で、「じゃあ、今日は何を食べようか」と足元に意識を戻していく。
安心は自分でつくるもの
誰かに安心させてもらうことも大切ですが、 もっと大事なのは「自分で安心できる時間」をつくることです。
お気に入りの飲み物、あたたかい照明、深呼吸、心地よい音楽。
“自分のためだけに用意された安心空間”が、 どんな不安よりも強力な味方になります。
私自身も、毎朝淹れるコーヒーの香りと、 湯気の立つ湯のみから始まる5分間の静寂を大切にしています。
それだけで、一日のはじまりが変わるのです。
心の安心は、外からもらうだけでなく、内側から育てていける。 それは自尊心を回復する、やさしい土台にもなります。
不安を抱えたままでいい
不安は「なくす」ものではありません。 「持っていても生きていける」ことを知るものです。
完全に消そうとすると、かえって苦しくなります。
でも、“あるけど動ける”“あるけど笑える” そういう状態を目指すことで、心は軽くなります。
むかし、ある精神科医がこんな風に言いました。 「不安とは、一緒に旅をする影のようなもの。
目的地にたどり着くまで、ただ連れていけばいい。」 この言葉に私は何度も救われました。
不安と共に、今日もちゃんと生きている。 それだけで、もう十分に価値があるのです。

まとめ
不安は心のセンサー。ぼんやりしたまま放置せず、書き出し、整理し、小さく行動し、そして安心の時間を自分でつくる。
不安は敵ではなく、向き合い方を知ることで、人生の味方になり得るのです。
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