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2025.10.14ブログ:Yoshiizumiの部屋

カッときて怒るのは、感情の追続ではなく、戦略である

今回は、オーストリア・アドラーがのこした名言

「カッときて自分を見失い怒鳴ったのではない。
相手を支配するために、怒りという感情を創り出し利用したのだ」

について考察します。

この表現は、もはや情熱や詰まった状態を指しているように見えて、実は簡単な言いわけではありません。
ここには、人間関係の本質や、自分の振る舞いを見つめるためのコツが詰まっています。

 

 

怒りは本能ではなく、戦略である

私たちは「怒り」を、この上なく自然発生的な感情だと思い込んでいます。
しかし、アドラー学は違う観点を提示します。「怒りは、故意的に生成された一つの戦略である」という推論です。

「怒る」ことで、相手に自分の意思を通したり、自分が優位にたつことを意図している。
そんな心理が何気なく自分の振る舞いに逆映されていることは、けっこうありませんか?

怒りは相手の行動ではなく、自分の相対に対する感覚から生まれる

「他人のこの行動があまりにもひどい」、その結果として「怒りの感情が湧き上がった」。
これは一見すると当然に思えるロジックです。でも、本当に「相手の行動の結果」だけなのか?

実はその判断は、こちらの価値観と観察により創り出されています。
なぜむしろ、一部の人はその行動に怒りを覚えず、別の観点を持つことさえある。

怒りの感情は、相手の転まった行動ではなく、その行動を見て自分がどう解釈しなにを引き出したか。ここが本質なのです。

自分を見失わず、戦略的に怒る

私たちが「怒る」時、「不快」や「失望」を感じる事例は多いです。
しかし、本当にはその不快感を表現することが難しいため、わざと「怒り」にすり替えて表現する人もいます。

「怒る」と、一見すると自分が主張しているようになりますが、実は「自分を強く見せるための戦略」である場合がある。

 

 

相手を支配したいという動機がバレる

たとえば、会話で怒鳴ることによって、相手がびっくりしてしまい、
それ以降「あの人は怒ると怖い」と思われるようになる。

このような振る舞いは、実は相手を弱体におき、自分が上位に立つための戦略です。

 

自分との対話の重要性

ここで大事なのは、「何に怒っているのか」「その背景にどんな思いがあるのか」を、自分自身に問うことです。

怒りを社会で打ち出すとき、その背後には多くの動機とロジックがあります。
それらに眺めを向けることが、我々が成長するキーとなるのです。

まとめ

アドラーのこの言葉は、怒りを情熱や衝動ではなく、「故意的な戦略」としてとらえる視点を与えてくれます。

「なぜ自分は怒ったのか」をよく考えることで、不規則に怒りをぶつけるのではなく、
合理的な行動を選択できるようになります。

怒りは正しく使えば、自分を強くし、立地に立てる道具となります。

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